がんは遺伝する? 発生の原因と遺伝しやすいがんについて

2025/06/20
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がんの発生には遺伝的要因のほか、環境や生活習慣などの要因が関係しています。自分にがんが遺伝するかどうかは、多くの人々にとって関心の高い問題です。大半のがんは遺伝しませんが、がんの発生に関わる遺伝子異常は受け継がれるケースもあります。そのため、もしも家族にがん患者がいる場合は自分自身の遺伝的リスクを知ったうえで健康管理を行うことが重要です。この記事では、がんの発生原因や遺伝しやすいがんの種類について詳しく説明します。遺伝的リスクを把握し、適切な対策を講じることで、がんの早期発見が可能となり、心理的な安心感を得ることができるでしょう。
目次

がんの遺伝とは?


がんと遺伝の関係を理解するための第一歩は、遺伝子がどのようにがんの発生に関与しているのかを知ることです。ここでは、がんの発症に関わる代表的な遺伝子について詳しく見ていきましょう。

がんと遺伝の関係

がんは多くの場合、遺伝的な要因と、環境や生活習慣などの要因が相互作用することによって発生します。しかし、中にはがんの発生リスクを明らかに高めるいくつかの遺伝子変異もあり、これらは家族内で遺伝することがあります。例えば、がん抑制遺伝子である、BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の異常は乳がんや卵巣がん、膵(すい)臓がん、前立腺がんのリスクを高めることが知られています。そのほか、大腸がんを発生させるリスクの高い遺伝子異常も複数同定されています。これらの遺伝子異常は子宮がんや卵巣がん、胃がんなどの発生リスクを高めることも知られています。

繰り返しになりますが、がんの発生には遺伝的要因だけでなく環境や生活習慣などの要因も大きく影響を及ぼしています。具体的には、がんを発生させる可能性のある環境要因として紫外線や放射線、ある種の化学物質などがあるほか、生活習慣として喫煙や偏った食事、運動不足による肥満、過度なアルコール摂取などが挙げられます。そのため、遺伝的要因だけでなく、環境や生活習慣などの要因にも注意することが、がん予防にとって重要です。

がん抑制遺伝子とがん遺伝子

がん抑制遺伝子とがん遺伝子

がんの発生に関係する遺伝子には、主にがん抑制遺伝子とがん遺伝子があります。がん抑制遺伝子はがんになるプロセスを抑える働きがある遺伝子で、がん遺伝子はがんの発生や進行を促進する遺伝子です。

そのため、がん抑制遺伝子が正常に機能しない場合はがんの発生リスクが高まります。がん抑制遺伝子の具体的な働きは、がん細胞の増殖を抑制することや、傷ついたDNAを修復すること、アポトーシスと呼ばれる役割を終えた細胞が自ら計画的に死滅していくプロセスを制御することなどです。がん抑制遺伝子の代表的なものとして、p53、BRCA1、BRCA2などがあります。これらの遺伝子に変異が起こり機能しなくなると、がんが発生しやすくなります。

一方、がん遺伝子には、がんの発生や進行を促す役割があります。正常な細胞は、細胞の増殖や分裂を制御して適正な細胞数を維持しますが、がん遺伝子によって細胞に変異が生じると、この制御が失われて細胞が異常な増殖や分裂を起こしてがんが発生、進行します。がん遺伝子の例としては、乳がんや胃がん発生に関わるHER2や大腸がん発生に関わるRASなどがあります。

  特徴 具体的な働き 代表的な遺伝子例

がん抑制遺伝子

がんになるプロセスを抑える働きがある遺伝子
  • がん細胞の増殖を抑制する
  • 傷ついたDNAを修復する
  • p53
  • BRCA1
  • BRCA2
など

がん遺伝子

がんの発生や進行を促進する遺伝子
  • 細胞の変異により制御が失われ、細胞の異常な増殖や分裂を起こす
  • HER2
  • RAS
など

遺伝性のがんの種類


遺伝性のがんの代表的なものとしては、大腸がん、乳がん、卵巣がん、膵臓がんなどがあります。ただしそれぞれのがんの中で遺伝性が明らかであるがんはおおよそ5-10%であり、大腸がん、乳がん、卵巣がん、膵臓がんの大半は明らかな遺伝性はありません。このパートでは遺伝性の明らかながんについて、詳しく見ていきましょう。

大腸がん

遺伝性が知られている大腸がんとして有名なものが2つあります。家族性大腸線腫症(家族性大腸ポリポーシス)と遺伝性非ポリポーシス性大腸がん(リンチ症候群)です。

家族性大腸腺腫症

がん抑制遺伝子のひとつであるAPC遺伝子の変異が原因となる大腸がんです。大腸内に多数のポリープができることが特徴で、大腸内視鏡検査で発見されることがあります。またこの病気の診断を受けた場合は、定期的に大腸内視鏡検査や上部消化管内視鏡検査を受けて腸管粘膜の変化を監視する必要があります。遺伝性であることから、ほとんどの場合、思春期から20代という若い年代で症状が現れます。

治療は、20歳頃に予防的に大腸を全摘出する方法がとられていますが、低用量アスピリンが大腸ポリープの再発を抑制するという日本人の研究が発表されるなど、新たな治療選択肢の開発が進められています※1

※1:国立がん研究センタープレスリリース:家族性大腸線腫症患者の治療選択拡大に期待~がん高危険度群に対する初のがん予防薬実用化を目指して

遺伝性非ポリポーシス性大腸がん

DNAのミスマッチ修復機構に関連するがん抑制遺伝子であるMLH1、MSH2、MSH6、PMS2の4つのいずれかに異常があることが原因になります。遺伝性非ポリポーシス大腸がんは、大腸がん、子宮体がん、卵巣がんなど、様々ながんの発症リスクを高める遺伝性疾患で、リンチ症候群とも呼ばれています。

乳がん、卵巣がん

遺伝性の乳がん、卵巣がんとして、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC:hereditary breast and ovarian cancer)があります。

遺伝性乳がん卵巣がん症候群

遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)は乳がん患者、卵巣がん患者の約5-10%にみられます。原因遺伝子として、BRCA1とBRCA2があり、どちらもDNAの異常を修復する役割があります。HBOCでは、若いうちから乳がんや卵巣がんを発症することや、複数のがんを発症しやすいことなどが特徴です。日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)は、HBOCについての知識や診療技術を有する専門医やカウンセラーを配置している病院を施設認定していますので、遺伝性がんの不安がある方は、主治医やこれらの認定施設にまずは相談してみることが大切です。

膵臓がん

膵臓がんも一部は家族内で発症しやすいことが知られています。特に両親や兄弟姉妹、子どもに膵臓がんが2人以上発生している場合には、10-20%で遺伝子異常がみつかると言われており、その中でもBRCA2遺伝子に異常がある頻度は膵臓がん患者の約2.5-5%と最も高くなっています※2

遺伝性のがんの種類

※2:日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)「HBOC診療ガイドライン2024」

遺伝子検査と診断


がんの遺伝子検査には大きく分けて2種類あります。1つはがんと診断された患者の治療選択のための遺伝子検査で、もう1つはがんと診断されていない人のがんのリスクを知るための遺伝子検査です。

コンパニオン診断と遺伝子パネル検査

がんの治療選択のための遺伝子検査は「コンパニオン診断」とも呼ばれます。例えば乳がん患者のHER2遺伝子検査や膵臓がん患者のBRCA1、BRCA2遺伝子検査があります。検査結果によっては、より高い効果を期待できる特定の分子標的薬を選択できるため、効果的な治療選択が期待できます。また「遺伝子パネル検査」といって、がん組織や血液を採取してがん細胞の数十から数百もの遺伝子を調べ、その特徴に応じて効きやすい抗がん剤に活用する検査もあります※3。コンパニオン診断や遺伝子パネル検査は条件を満たせば保険適応になるものもあり、費用面での課題も改善されつつあります。

※3:国立がんセンターホームページ「がん遺伝子パネル検査とは」

発症前にがんのリスクを知るための遺伝子検査

がんと診断される前に自身の遺伝子変異を解析し、予防に役立てる取り組みも行われています。基本的に、治療法の確立されていない遺伝性疾患の遺伝子検査は発症前には行わないこととされています。ただ、がん遺伝子の検査は早期に異常を知ることで、こまめな検査による経過観察を行い、例えば乳がんにおいては乳房切除術などの予防的な治療を選択できる可能性があることから、検討の余地があります。

2013年に俳優のアンジェリーナ・ジョリーさんが乳がんの遺伝子検査の結果から、予防的な乳房切除術を行ったことが話題になりました。しかし現在ではこのようながん発症前の遺伝子検査や手術は保険適応になっておらず、高額な費用がかかるというデメリットがあります。また、たとえ遺伝子に異常があったとしても必ずしも全員ががんを発症するわけではないため、異常があった場合の個人情報の取扱いや治療の是非についてはまだまだ議論の余地があります。

遺伝カウンセリングの重要性

ここまで、がんの遺伝子検査について紹介してきましたが、どの遺伝子検査を受ける場合でも遺伝カウンセリングが重要です。遺伝カウンセリングでは、病気に関する知識や遺伝的リスクの評価、予防策、生活習慣の改善に関するアドバイスなどが提供されます。カウンセリングを受けることで、具体的な対策を考えやすくなり、遺伝的リスクに対する心理的な安心感も得られます。

また、患者が遺伝情報をどのように家族と共有するか、遺伝的リスクをどう伝えるかについてもサポートしてくれます。遺伝カウンセリングは、病気に関する知識や情報の獲得や、遺伝性がんの予防策の決定、さらには家族全体の健康管理においてとても重要です。そのため遺伝子検査を受けるだけでなく、その結果の解釈や今後の方針を相談するためにも、遺伝カウンセリングを必ず受けましょう。

がんの予防法


ここまで、がんの遺伝について書いてきました。それではどのようにがんを予防すればよいか、現在わかっていることをまとめておきましょう。

健康的な生活習慣の確立

がんの発生には遺伝的な要因のほか、環境や生活習慣などの要因が関係しています。環境要因としては紫外線や放射線、一部の化学物質などががん発生に関与していることがわかっています。ただし通常の日常生活を送っている場合にはあまり問題になることはありません。そのため紫外線であれば浴びすぎないようにしたり日焼け止めを使用したり、放射線を利用したレントゲンやCT検査を受けすぎないようにしたり、仕事で化学物質を扱うような場合では会社の指示に従い適切な防護や健診を受けるなどの一般的な注意をすればよいでしょう。

生活習慣に関しては今日からでも対策ができます。がん発生のリスクを低減するためには、健康的な生活習慣を身につけることが重要です。健康的な生活習慣とは、バランスの取れた食事、特に野菜や果物、全粒穀物を積極的に摂取し、加工食品や赤肉を控えること。また、定期的な運動(中程度の運動を週に150分以上)や禁煙、過度の飲酒を控えることも大切です。

近年はストレスが免疫に影響を与え、がんの発生にも関与するという可能性も指摘されていますので、ストレス管理も重要です。心身の健康を維持するために生活の中にリラクゼーションや趣味の時間を取り入れましょう。

早期発見のためには

がんを予防することを意識していてもがんが発生することはあります。そのため、がんを早期に発見して適切な治療を受けることが重要です。定期的な健康診断は、早期発見の最も効果的な方法の1つです。特に、がんの家族歴がある場合や遺伝的リスクが高い場合は、医師と相談して適切な検査を定期的に受けることが大切です。

さらに、早期発見には自身のわずかな体調の変化に気づくことや自己検診も欠かせません。例えば乳がんの早期発見に有効なのは、毎日入浴時などに自身で胸にしこりがないかをチェックすることと言われています。毎日確認することで、少しの変化にも気づくことができます。

まとめ:がんの遺伝リスクに備える


この記事では、がんが遺伝するメカニズムや、遺伝しやすいがんについて解説しました。発症前のがんの遺伝的リスクを知る遺伝子検査や治療方針はまだ確立されておらず、今後整備されていくと考えられます。遺伝子検査は、異常があった場合には偏見や個人情報の取り扱いなど倫理面での課題もあるため、個人で判断せず、主治医や専門家に相談することが大切です。これからも健康に関する正しい知識を身につけて、自分や家族の健康を守りましょう。

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編集部までご連絡いただけますと幸いです。
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監修医 近藤 直英 (こんどう・なおひで)
JPMDコンサルティング代表取締役
・日本医師会 認定産業医
・日本内科学会 認定内科医
・日本神経学会 神経内科専門医・指導医
2003年奈良県立医科大学卒
名古屋大学大学院で博士号取得
これまでトヨタ記念病院、名古屋大学病院などで臨床、教育、研究に従事。2年半のトロント小児病院でのポスドク後、現在は臨床医として内科診療に携わる一方で複数の企業で産業医として働き盛り世代の病気の予防に力を入れている。また2022年に独立し、創薬支援のための難病患者データベースの構築や若手医療従事者の教育を支援する活動を行っている。